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2022/08/14

笑顔の法則(前編)


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もといた会社の囲碁部の合宿幹事を、入社したての23歳の頃から

もう四半世紀続けている。



毎年2回ほどだから、いままで合計50回近くになろうか。

思い出すたびに笑いがこみあげる楽しい記憶がいくつもある。



毎回箱根、熱海、伊東など温泉のある近場に向かう。

ここ5、6年はずっと湯河原だ。

メンバーは毎回ほぼ決まった12,3名が集まる。



常連のKさんは80歳。ムードメーカーでまわりからは

名前で「和正さん」と呼ばれている。

僕もご自宅や趣味の水彩画の展覧会を訪れたり、ランチを

ご馳走になったりして日頃から親しくさせて頂いている。

仲間というより友人だ。



和正さんは、合宿メンバーの中では棋力が下のほうだが、

そんなことは全く気にかけず、いつも楽しそうに打っている。



「囲碁っていうのはね、こういうふうに打つもんですよ」



調子がでてくるといつもでてくるお決まりの台詞だ。

何子も置いている下手が上手にいうのだから可笑しい。

真剣に対局中の皆もついわらってしまい場がなごむ。



メンバーの高段者Sさんとの5子局でのことだ。

和正さんが珍しく静かに真剣な表情で打っている。

どうやら盤面中央が佳境を迎えている。黒はしのげるか。



数分後、からん、と碁笥のフタに獲った石をいれる音がした。

見ると、黒が見事に白石2つをポン抜いている。

いわゆる「亀の甲」が盤面中央にできた。しのぎが成功したようだ。

たくさん置いている碁で亀の甲が中央に出来たら、碁はオワだ。



一呼吸おいて和正さんが言った。

「これだから碁はやめられねぇなぁ」

いままで静かだった囲碁ルームがどっと沸いた。



相手のSさんも「いやーうまく打たれた」と頭をかくばかり。

集まってきた他のメンバーを前に、和正さんの得意そうな顔。

そして嬉しそうな顔。



「こんどしのぎに困ったら僕に聞いてくださいよ。

打ち方教えてあげますよ」



もう止まらない。



それから30分たった頃だろうか。終局したようなので

整地を見に行って絶句した。



中央の黒、30数石はあろうかの大石が全部死んでいる。

あの、ほこらしげに白2子を打ち上げた「亀の甲」ごとだ。

よく見ると眼らしきものは1つあったが、見事に欠け目だ。



笑いを押し殺しているSさん。



「こんな真ん中に亀の甲つくられてあきらめてたんですよ。

それが和正さん、油断したのか最後まで真ん中の石に手を

入れてくれなくて…」



「あれっいつの間に。おっかしいなぁ」



先ほどの顔色はない。今度は和正さんが頭をかく番だった。

ひときわ恰幅のいい身体が小さく見えた。



この話は1年がたった今も、瞬時に仲間をとびっきりの笑顔に

してくれている。







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東京駅を出るとき、こだま号の自由席はすでに満席近かった。

金曜の18時すぎだ。週末に帰る単身赴任者や、ちょっと旅行に

でかける人がいるのかもしれない。



仕事を終えたつれと東京駅で待ち合わせして、箱根湯本の温泉に

行くことになった。思い立ったらと前夜に予約した宿は朝食のみ。

夕食はこれから駅弁だ。こんな小さな旅もたまにはいい。



小田原まで30分ちょっとしかないので、席にすわるとすぐに

包み紙をあける。つれは3列シートの窓側、僕は真ん中で右隣は

ビジネスマンがビールを飲み始めている。



僕はいつもの『ひっぱり蛸』だ。蛸壺を模した陶製の容器に明石の蛸が

ご飯の中にうずまっている。それをひっぱり出しながら食べる。

販促の願いもこもった粋なネーミングだ。



品川に着くと残りわずかだった空席も埋まり通路に立つ人も数人出た。



「混んでるわね。あら…。やっぱりシニアは指定席取らないと…」



弁当を食べながらつれが小さくつぶやいた。見ると品川から乗ってきた

老夫婦が僕らの席から少し離れた通路に立っている。



たしかにそうだ。在来線とちがいシルバーシートはない。新幹線で席を

ゆずる光景もあまり見ない。混雑覚悟でやむをえなかったのだろうか。

それともこだまだからと油断したのだろうか。



新横浜では誰も降りず、通路はますます人でいっぱいになった。車内販売も

検札も難しい混みぐあいだ。大きなトランクをもった若者2人組が

僕らの席のそばに立った。老夫婦は4、5列前の通路で立ったままだ。



「何とか座ってもらいたいね」



2人が小田原より先まで行くなら僕らの席に座ってもらいたい。

だが、列車が減速をはじめてアナウンスがはいると、立っている人はみな、

誰か降りる人はいないかとあたりを見渡しはじめた。

空気が少し緊張している。



「このままだとダメだな」

「そうね」



荷物をもってすこしでも腰を浮かしたら、すぐ横のトランクの若者が

着席体制に入るに違いない。



「ちょっとこのまま座って待ってて」



一計を案じた僕は、弁当の空箱を捨てにいくふりで立ち上がった。

通路の人をかきわけて2人のところに向かう。



「あの、どちらまで行かれますか?」

「えっ…三島ですけど」



奥様は見知らぬ人にいきなり行き先を聞かれて驚いただろう。

僕はすぐにその不安を消すべく言葉を続けた。




「いまあそこに座っている僕らが小田原で降りますので、お二人で座って

頂けますか」



つれが呼吸をあわせて笑顔でこちらに合図をしてくれたので、僕らが

どこに座っていてどうして行き先を聞いたのか、わかってもらえたようだ。



「すみません。ありがとうございます」



さっそくいま来た通路を戻って2人を席近くまで先導した。

80代半ばに見えるご主人のほうは足が少し悪いようでゆっくりだった。



僕の荷物ももって出てきたつれといれかわりで、2人が奥の2席に無事

座ることができた。



奥様のほうが席の前で立ったまま何か言いかけたのは気配でわかったが、

そのときはもう列車は小田原に着いてしまっていた。

僕らは慌てて出口に向かった。あっという間で振り返る余裕はなかった。



「あっ」

列車を降りてホームを少し歩きはじめたとき、つれが小さく叫んだ。

奥様が窓から満面の笑みでこちらに手を振っている。



新幹線の窓なのですぐ近くとはいえ音は何も聞こえないし別世界だ。

だが口の動きで、ありがとうございましたと伝えたいのがわかった。



小さな旅で起きた小さな出来事は、温泉にむかう僕らの心をぽっと

灯してくれた。







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毎年夏に妹家族がアメリカから帰ってくるのにあわせて、

弟家族、両親と一緒に旅行にいくのが恒例となっている。



旅行先での楽しみに、最近、家族麻雀が加わった。

親父は市の麻雀教室に通っている。



親父と弟とその妻、僕の4人で囲んでいたときの話だ。

弟の長女めいちゃん(小学2年生)は、弟に教わりながら

ゆるく参加していた。途中、席をたって僕の横にきた。



「めいちゃん、ほかの人のを見てもいいけど、どんな牌を

もっているかは言っちゃだめだよ。『西』があるとかさ」

さとす弟に



「西はまだよめなーい」



と笑ってこたえる。わかっているのだろうか。

静かにじっと僕の牌を観察している。



「リーチ!」



テンパイ(あと1枚であがりの状態)となって、僕はリーチを

かけた。白(はく)と字牌のどちらかであがりとなる、

出やすいはずの待ちだった。



そのとき、衝撃の一言が卓上に響いた。



「明おじさん、『予備』もってる~♪」



がーん。



そうか。何も書いてない牌は、牌の一種ではなくて

予備だと思ったのか。



「えっ予備って…」



弟と義妹がにやにや笑いながら顔を見合わせる。

残念ながら、ぴんときてしまったようだ。



僕のあがり牌「白」は結局最後まで出なかった。

この局は5人目の参加者がキーマンとなった。



「あのさ、予備があるーとかも言っちゃだめなんだよ」



笑顔で僕が言うと、

「えっなんでー?」

皆の注目をあびたのが嬉しそうだった。



30分後、勝負は南3局で終わりにさしかかっていた。

そのとき義妹が「これって『カン』でしたっけ」

自ら3枚集めた牌と同じ牌をつもったとき、「カン」を宣言して

手を進めることができる。



彼女は一索(イーソウ)4枚を自分の牌の横に出した。

竹の本数で2,3と数字が決まる索子(ソウズ)のなかで

一索だけは鳥が描かれていて独特の図柄だ。



次に弟の番になった。だが手がとまって様子が少し変だ。

明らかに動揺した様子で口を開いた。



「兄貴、ちょっといい?あのさ…」

「俺のところにもう1枚、一索が来たんだけど」

「えっ!」



そんなはずはない。いまさっき、一索はカンされたばかりだ。

同じ種類の牌は4枚ずつしかない。



「なんだなんだ、うん?一索?

それなら俺のところにも3枚あるぞ」

今度は親父が自分の手配から3枚の一索を出した。



「なにっ~!!」



笑いすぎてその場でひっくりかえった。



一索が8枚もある。もうゲームどころじゃない。

弟がチェックすると、ローカルルールで使われる「花牌」

が混じっていた。ぱっと見、一索の鳥に似ている。



しかし最初からずっと一索がもどきふくめて8枚もあって

誰も気づかなかったのか。



親父は自分で3枚持っていながら、義妹がカンしたとき

何とも思わなかったのか。



素人麻雀はこれだから面白い。



この話を思い出すたび、僕と弟は今でも1分ぐらい笑い続けてしまう。







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「あっ今日は誕生日だったかな」



何年か前のことだ。

自宅に伺おうと電車に乗っているとき気がついた。

その日は、以前誕生日の話になったときに一度記憶した

「9月1日」だった。



囲碁やパソコンを教えるようになってもう8年になる

その方は40歳年上の友人だ。



「お誕生日おめでとうございます。今日から85歳ですね」

「そういえばそうですね。そんな歳になったなんて

   信じられないなぁ」

本当に自分の誕生日を忘れていたようだ。



小柄ながら背筋はしゃんと伸びて堂々としている。

いつも笑顔でよくしゃべり、ユーモアに溢れていた。



特に贈るものを持ってこなかったのを少し後悔したが、

僕が誕生日を覚えていたことが嬉しそうだった。



3時間ほどかけてゆっくり1局打ったあと、近くの店で

奥様と3人で夕食を、ということになった。



店は急な階段を降りた地下1Fにあって、暗くて足元も

よく見えなかった。手すりにつかまってゆっくり降りながら

言った。



「先ほど、『手抜きが大事だ』とおっしゃってましたが、

それはここでもそうでしょうか」



手すりから手を離すジェスチャーをした。



「いや、ここで手抜きは禁物です。転んだら大変です。

手抜きは盤上だけにしてください」



長い付き合いなので、こんなやりとりはよくある。

こういうとき決まって悪戯っ子のまなざしになる。

僕はそんな目が好きだった。



飲み物が運ばれてきて乾杯したときだった。



「はい、これ、誕生日プレゼントです」



鞄から著書を1冊だして渡してくれた。

あれっ僕の誕生日を覚えてくれてたのか。



一瞬そう思うのも無理はない。4日前は僕の45回目の

誕生日だった。



「今日は僕の誕生日だからね。誕生日の人が渡してもいいでしょ」



大好きな目になっていた。



「あー、そっかそっかー。そうですね!

  すばらしい誕生日プレゼント、ありがとうございます」



自分の誕生日に誰かにプレゼントを渡そうという発想は、

いままで聞いたことも考えたこともなかった。



こんな身近にこんな素敵な贈り方があるなんて…。



少年のような笑顔とともに、ずっと心に残っている。







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この2月に建てた我が家には3坪の小さな畑がある。

舗装して駐車場にする選択肢もあったが、あえて全面黒土を

いれて野菜の栽培に挑戦することにした。



両隣のシニア女性とは、この小さな菜園のおかげで

仲良くなった。



「あらっこれは何を育ててらっしゃるの?」

朝手入れをしていると声がかかる。

どうぞ、と門をあけて菜園の横でしばし立ち話に花が咲く。



「ミョウガはねぇ、ほっておくとどんどん根で広がるから

冬にスコップをいれて根を切ったほうがいいわよ」



初心者の僕にはありがたいアドバイスだ。



この土地にはむかし井戸があった。

これがほんとうの井戸畑会議なのかもしれない。



向かいの家には若い夫婦と小さな娘さんが2人住んでいる。



最近オクラを食べ始めたという、幼稚園に通う子に

オクラを自分で採ってもらうことにした。



「ねえねえがんばってー」



お父さんと一緒にハサミをもって採ろうとしている

彼女にむかって、向いの2Fの窓からかわいい声が届いた。

3歳ぐらいの妹だ。そのとなりにお母さんの笑顔も見える。



ちょっと緊張していたが、無事にはさみで収穫を終えると

にこっと笑ってお父さんに渡した。



「あっお花が咲いてる!きれい…」



隣の株に咲いている花に気づいたようだ。

オクラの花は野菜の花の中でもトップクラスに可憐で美しい。

ちょうど彼女の目線と同じ位置にある花をのぞきこんでいる。

目の輝きがどんどんアップしている。



「あとこれもあげる。この前ニンジンの葉っぱにいたんだよ」



以前お父さんから、見つけたらとっておいてくださいと頼まれていた。

アゲハの幼虫をエサとなる葉っぱといっしょに渡した。



「わぁ、おっきぃー」



緑と黒の縞模様は大人にはグロテスクだが、子供には違うようだ。

小さな目がさらにまんまるになった。



このサイズになると、ニンジンが一晩で丸裸にされてしまう。

目の敵にしていたのだが、こんなに喜んでもらえる方法があったなんて。



「ありがとう」



小さな声だった。

言い終わらないうちに後ろをむいて家にかけていった。



満面の笑顔なのが後姿からわかった。







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シニアは集まるのが早い。

そう思っていたが昨日は様子が違った。



水天宮前の碁会所で、会社OB 33名が集まる大会が

午前11時から始まる予定だった。



平均年齢は80歳近い。なかには90歳の人もいる。

3ヶ月に一度のこの大会を楽しみに遠く秩父から

かけつける常連もいる。



だが開始10分前になってもまだ2人しか来ない。

早朝の台風直撃で交通機関が大きく乱れていた。



3人目に江戸川区に住むHさんが登場した。



「いやー久しぶりに満員電車に乗ったよ。

何本待っても乗れないから、ちょっとだけ足をいれてなんとか。

死ぬかと思った」



笑っているが決して大げさではない。

脳梗塞の後遺症で杖をついている。



「駅の改札入るまでに1時間かかった。暑かったなぁ」



11時を過ぎると1人、また1人と笑顔で登場する。

いつもの倍、3倍の時間をかけてやっとの思いで着いたはずだが、

不思議とそれほど疲れた様子はない。

同じ経験をした仲間に会えて嬉しいのだろう。



期せずして扉があくたびに注目が集まり、到着するメンバーを

拍手で迎えるかの雰囲気になってきた。



「君はどうやってここまできたの?」

「いやー〇〇線が動かないんで、□□まで歩いてね」



ちょっとした武勇伝が披露される。

話すほうも訊くほうも楽しそうだ。



「こんなに電車が混乱するなら中止にしたのですが…」



頭をかく幹事だが、このメンバーに周知するのは簡単ではない。

メールを使わない人もいる。毎回ファックスや電話、時には手紙で

案内を送り、返事を確認する幹事の苦労は大変なものだ。



「SさんとTさんに途中で電話したんだけど出ないんだよ」



2時間ほど遅れて到着したメンバーが言う。

「あっ着信ありますね」とSさん。



スマホを持つシニアは増えたが、着信に気づかないことも

多い。そもそも「持ち運べる公衆電話」の感覚の人もいて

電話に出ることが少ない。



「ちょっとビール頂戴!」



カウンターに声をかけて、着くなり飲み始める人がでた。

大会は規模を小さくして1時間遅れで始まったが、今日は特別、

最初から宴会気分だ。



ランチタイムをすぎて2局目が始まったころ、新たに登場する人は

さすがにいなくなり、場はようやく落ち着きはじめていた。

皆それぞれの対局に集中している。時計の針が2時を指しそうな

そのとき、また扉が開いた。



「いやー4時間かかっちゃったよ」

Wさんだ。



「えーっよく来たねー」

対局中の人も驚きの眼差しをむける。



「中止の連絡がこなかったから、来ちゃったんだ」

いつも笑顔だが、さらに顔をくしゃくしゃにしている。

三鷹に住むWさんが家を出たのは9時50分。

駅構内に入るまでに2時間以上待ったという。



よりによってこの日東京は、今夏の最高気温を記録した。

炎天下で待つのは87歳の身にはこたえただろう。

だが彼も疲れたそぶりを見せず、すぐ楽しそうに打ち始めた。



今日は集うのがいつもよりずっと大変だった。

そのぶん、メンバーの笑顔は、いつもより輝いていた。


 

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