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2022/08/12

豪州放浪記「まっすぐへの憧れ(後編)」


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旅をはじめて2週間が経とうとしていた。



生来気は小さく、石橋を叩いて渡らないこともあるが、

時に何も考えずに行動してしまう。



大胆というわけではない。別のことに気をとられ、

石橋が見えても叩くのを忘れるのだ。



タスマニアのぶらり立ち寄りのあと、メルボルンに

戻ってきたその夜のバスで再度西に向かう。



深夜バスの中でも目がさえて眠れない。

ここまで偶然出会う人にも場所にもすべて恵まれている。

頭の中でPET SHOP BOYSのヒット曲「GO WEST」

がずっとかかりっぱなしだ。



早朝アデレードに着く。2匹目のドジョウではないが、

今度は宿探しをせずにまっすぐ港にむかう。

フェリーで1時間ほどのカンガルー島が面白そうだ。



宿は島の中心部、キングスコートから少しはずれたところ

にあるユースホステルにした。日本では草津などで泊まったこと

があるが、日本のユースとは大分勝手が違う。



管理人の家に立ち寄り鍵をもらう。部屋の鍵かと思いきや、

建物の鍵、つまりその日の客は僕ひとりだった。



5ドルで自転車も借りる。走り出してすぐ気がついた。

ハンドルのところにブレーキがない。こんな自転車は初めてだ。

足でとめるしかなさそうだが、人や車は見当たらないので

それほど危険はないだろう。



建物は500mほど離れたところにポツンと1軒あった。

電気はついたがお湯は出ない。水も濁っていて沸かしても

飲めそうにない。



その晩は冷たい濁り水のシャワーをあびて、コーラで

うがいをして寝た。不便さを嘆くより、あとでこの経験を

誰に話そうかと考えると楽しくなった。



翌朝、ツアーに参加するので準備をしていたら、まだ30分

ほどあると思っているのにもうバスがきている。



8時15分を8時50分と聞き間違えたらしい。

前日管理人と話したとき、そうそう、8の発音がエイトではなく

アイトなんだ、と自分に言い聞かせたのは覚えている。

そのあと油断して肝心の「分」に注意がまわらなかった。



あわててバスに飛び乗る前に、ドライバーに記念に1枚撮ってもらう。

なにせ「人」に会うのが半日ぶりだ。



ツアーは自然があふれる島の見どころを、夕方までかけてまわった。

野生のアザラシ、カンガルー、コアラ、エミュー、ペリカン

などに出会えて感激の1日となる。



夜、港のそばのバーでアデレード行のフェリーを待つが、いっこうにこない。

今度は聞き間違えではなく単なる遅れのようだ。

その待ち時間を利用して家に電話をかける。そういえば1週間に一度は必ず

連絡をと言われていたのを思い出した。



あらやっとかけてきたわね。いまどこ?元気なの?



それほど心配してなさそうな母の声に少しほっとする。

詳しく状況を説明する時間はないので、毎日元気で

楽しく旅していることだけを伝えた。



日付がかわる頃、4時間ねばった店を追い出されて外で待つことになった。

夏とはいえ、風もふいてきて肌寒い。

懐中電灯を借りて海岸を歩いてみる。ペンギンがいるかもと期待したが

見つからなかった。そのかわり、空には日本とは少し様子の違う

満天の星空と南十字星を見つけることができた。



フェリーがやっときたときには深夜2時をまわっていた。

誰もいない客席で、椅子をどかしてリュックを枕に床にじかに横になる。

あっという間に眠りについた。





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カンガルー島からアデレードに戻ってきて

すぐに帰りの飛行機のリコンファームをする。



旅はあと1週間。これを忘れると予約が取り消されることもあると

ガイドブックで読んだ。お金を既に払って予約しているのに、

なぜこんな仕組みなのだろう。



いよいよ夕方からこの旅のメインイベントが始まる。

「世界最長直線」の鉄道に乗って西海岸のパースまで行く。



太平洋に面する東海岸のシドニーから、インド洋に面する

西海岸のパースまで、4352kmを3泊4日で結ぶ

長距離列車『インディアン・パシフィック』。



その2/3ほどの区間、アデレードからパースまでの2700kmを

2泊、40時間かけてはしりぬける。



車両は30両ほど連結されていて長さがなんと1km近い。

新幹線2編成を連ねるより長いのだ。

東京の地下鉄だと駅についたとき車掌がまだ前の駅となってしまう。

車内アナウンスはどうなるのか考えると少しおかしい。



チケットは食事がついて400$もした。

今回は23日間で宿泊費の合計が190$、食費が330$だった。

この1日半のために残りの3週間を切り詰めた。一点集中だ。



シドニーの宿で仲良くなった旅人が、シドニーからパースまで

65時間、個室と比べて1/3の値段の「椅子席」を使うと言っていた。

足かけ4日間も椅子席でどう過ごすのか。世界の旅人のパワーはすごい。

メルボルンで再会したアイスランド人のジョードの顔が浮かんだ。



部屋は驚くほどコンパクトにまとめられている。

1畳半ほどのスペースに、テーブル2つ、ベッド、椅子、トイレ、

洗面台、鏡に洋服ダンス、靴箱に物置まであった。

清潔で機能的な空間だ。



ここがこれから40時間、自分の城になると思うと

ワクワクが最高潮に達した。



発車するとすぐに車掌が検札がてらウェルカムドリンクの

シャンパンとクッキーをもってきた。若干20歳の若造が

それだけでちょっと偉くなった気分になる。

数時間前までと同じ人、同じ旅の道中とはとても思えない。



狭いバスの席で2泊、フェリーの雑魚寝で2泊、

泊まった宿は相部屋だったりお湯が出なかったり。

そのあとのウェルカムシャンパンだから無理もない。



列車はすぐに街をはなれ、車窓はあっという間に

夕陽に照らされた土で真赤にそまった。

かなりゆっくり進んでいるように感じるが、

車窓が切り取る景色が大きいからだろう。



夕食は食堂車で2回転目が割り当てられた。

明後日の朝食まで計5食を同じ席でとる。



4人がけで、フランス人の若い夫婦と初老のオーストラリア人が

同じテーブルになった。初対面の外国人と同席、というより

日本でも食べたことのないようなフレンチのコースに少し緊張する。



お互い簡単な自己紹介から始める。

フランス人夫婦はメルボルンの大学で職を探している最中、休みを利用

してパースの知り合いに会いにいくそうだ。新婚旅行も兼ねている。

初老のオーストラリア人は、シドニーに住んでいてひとり旅だ。



このときは、パースについたあとも、偶然出会ったこの4人で

旅を続けることになるとは思いもよらなかった。





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朝は6時に目が覚めた。すぐにカーテンの外を見る。

既に空は明るくなりはじめていた。遠くに見える山が朝陽に

照らされて大地から赤く浮かびあがっている。



30分ほどするとドアがノックされた。

モーニング珈琲が届いたのでびっくりする。車内アナウンスが

あったのかもしれないが、聞き取れないのでこの列車、この部屋

のサービス内容がまったくわかっていない。

驚けるぶんお得かもしれない。



昨晩と同じ席、同じメンバーでゆっくり朝食をとってから

部屋に戻るとベッドが片付いていた。これも軽いサプライズだった。



昼前に列車はついに「ナラボー平原」に突入した。

東西1200kmにわたる広大な平原は、ラテン語で

「木がない」という意味の名前がつけられている。



朝がたはまだ山や木などが見えたが、いまは時折ソルトブッシュ

という低木がある程度で、それ以外はずっと雑草まじりの

赤土の大地が地平線まで広がっている。



昼食前の30分間、僕はこのまったく変化のない車窓を

ただじっと眺め続けた。この一瞬を大事にしたかった。

それから夕方までの7時間、車窓はずっと同じだった。



昼食のとき、僕ら4人のテーブルでは世界最長直線のことが

話題にのぼった。それを体感したくて単身ここまで来た、

と僕も話にくわわる。このエッセイの最初の回で書いた小学生時代の

くだりは、英語ではうまく話せなかった。



シドニー在住のシニア、テリーは陽気でよくしゃべる。

40歳以上離れているが、そんな年の差はまったく感じない。



「ほらAKIRA、あそこ見ろ」



テリーが指さす先では、カンガルーの親子が飛び跳ねていた。



いよいよこれから478kmの最長直線が始まる。

直線だと東京から姫路ぐらいまでの距離をずっと「まっすぐ」だ。



だが車窓が変わらないので直線区間にはいったという実感がない。

どこかで止まらないかなと思っていたら、給油で「クック駅」

に停車した。誰かが乗降りする気配はないが、車掌に聞いたら

少しなら外に出てもいいというので列車から降りてみた。



「おおっ!」



思わず声が出た。

右を見ても左を見ても、いま来た線路もこれから行く線路も、

ずうっと地平線までまっすぐ続いている。



こんな景色は見たことがない。



見える限りの先は、どれぐらい離れているのだろう。

10km、20km、いやもっとかもしれない。

360度見わたすかぎり、建物はもちろん山や木も何もない。



もし遠い未来に火星や金星に列車を走らせることが出来たら

こんな風景なのだろう。



列車から離れ少し平原を歩いてみたかったが、何時に出発するのか

聞いてこなかったので自重した。



「すごかったなぁ」



部屋にもどって自分に話しかけた。

今みたものを、そのままあたたかいうちに、思う存分話したい。

そういえばこの列車で日本人は見かけない。



また窓にへばりついて、かわらぬ光景を目で追い続ける。

しばらくするとドアがノックされた。

アフタヌーンティーだ。



ウェルカムドリンク、モーニング珈琲に続いて3度目の

来訪なのでもう驚かない。



と思ったら、車掌はティーポットとクッキーをテーブルに

置いたあと、にっこり笑ってポケットから石ころを

取り出した。



「Fossil」



化石だ!



石ころだと思ったものは、ムール貝がそのまま石になったような

ものだった。先ほど線路わきで見つけたらしい。



こんな荒野のど真ん中で貝の化石?



思わぬプレゼントをもらったこと、それが貝だったこと、

双方のびっくりでうまく言葉が出ず、ただ笑顔でサンキューとしか

言えなかった。



ずっと大事にしよう。

温かいティーを飲みながら、手のひらサイズの貝の化石を

じっくりながめた。



だがこの化石は、数か月後、ただの石と間違えた掃除中の母に

捨てられてしまった。



いまは記憶の中で輝いている。





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夕方になって、いままで赤土と雑草だけだった車窓に

少しずつ変化がみられるようになった。



低木やところどころ小さな林もあらわれる。

最長直線区間もおわり気候帯が変わりつつあった。



夕食のテーブルでは、今まで以上に話がもりあがった。

同じ席、同じメンバーで4度目の食事だ。陽気なシニア、

テリーが場の空気を華やかにした。



僕とテリーは食後に何度かラウンジカーでも

おしゃべりを楽しんでいたのでもう仲良くなっていた。



最初のシドニーからそうだが、こうした旅先での出会いは

男女、年齢、国籍を超えて互いの距離がちぢまるのが速い。

僕の性格が楽天的であることと、ひとりで旅していることも

プラスに働いているようだ。



フランス人のアンドゥルーと奥さんは、学者肌の物静かな

2人で、テリーの話にじっと耳を傾けている。



よく考えれば、新婚旅行の2人の席に僕とテリーは完全に

「おじゃま虫」なのだが、狭い長距離列車で偶然割り当てられた

席なので仕方がない。



2人はそんな素振りはちっとも見せず、いつも楽しそうに

静かに笑っていた。



パースでの予定の話になって、新婚の2人は友人と会い、

テリーは沖合のロッチネス島に行くつもりだという。



僕は帰国まで3日あるので、少し南のフリーマントル

という町にいってみようと思っていた。



ロッチネス島はせっかくなのでぜひ見たほうがいい。

豪州在住のテリーのことばには説得力があった。



結局僕らは、パースに着いた翌日に4人で島に渡る

ことにした。そうと決まると、僕らの距離はさらに

縮まった。



「テリー隊長とゆかいな仲間たち」とひそかに名付けた。

すこし可笑しくなった。



夕食後、列車は最後の停車駅、カルグーリーに着いた。

1時間ほどあるというので4人で散歩することになった。



この乾燥地帯にポツンと小さな街があるのは、19世紀末、

ゴールドラッシュに沸いたからだが、今でも金が獲れる

らしい。



生活用水は600kも離れたパースからパイプラインで

ひいているという。これも世界最長の「水道のまっすぐ」かも

しれない。



昔栄えたことがうかがえる、ずっしりとした煉瓦造りの建物が

並んでいる。



西部劇とは言わないが、映画「バックトゥーザフューチャー」

に出てきた100年以上前の街並みを歩いている気分になる。



駅で絵ハガキをお土産に買って列車に乗りこんだ。

さてこれから夜通し走って、朝にはパースに到着だ。



テリーとサロンカーでジントニックを飲んだあと部屋に戻る。

少し慣れてきた列車の振動を感じながらすぐに眠りについた。





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列車は朝7時にパースに到着した。50時間近く列車に

乗り続けるのは初めてのことだった。降りてしばらくは

身体が小刻みにふるえていた。



列車の旅というとうつりゆく車窓が楽しみだが、

今回はまったく変わらない、うつりゆかない車窓が

心に残った。



途中下車して見た360度赤土の大地は圧巻だった。

来た線路も行く線路も、どちらも地平線までまっすぐ

続いているという絵は、30年経ったいまも

すぐにカラーで取り出せる。



毎回食堂車で会うのが楽しみになった偶然の

出会いもあった。



その4人でパースに着いた翌日待ち合わせして

沖合のロッチネス島に向かった。

そこは自動車の走行が禁止されている、地上の楽園のような

小さな島だった。



ぼくは島に着くとすぐTシャツを脱いだ。

裸にリュックが似合う状況だ。自転車をこぎはじめると

自分でつくる海風が心地良い。



フランス人夫婦もラフな恰好で笑顔でゆっくり

こいでいる。陽気なテリーの会話は自転車に

乗っても止まらない。



遠くの波の音と僕らの話す声しか聞こえない

静かな時間がいつもよりゆっくり過ぎていった。



ちょっと自転車をとめて景色をみていると、

下に置いたリュックが何やらごそごそ言っている。

クオッカという野ネズミのような小動物だった。

かわいかったので、特別にランチをおすそわけした。



海岸におりてみた。あたりには誰もいない。

フランス人夫婦は岩陰で水着に着替えていた。



僕は何の迷いもなく、自転車に乗っていた恰好のまま

海にはいった。まるでここではそうしないといけないかのように。



波打ちぎわで軽く遊んだあと、木陰で休んでいると

あっという間に身体は乾いた。

不思議といつもの海の匂いがしなかった。



国籍も年齢も違うこの4人が、当たり前のように

この天国のような島で一緒にすごしている。



僕はただ、いま、ここで過ごせている幸運に感謝した。



旅の終わりが近づいてきていた。





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ロッチネス島からパースにフェリーで戻り、

降りたところで僕ら4人はわかれた。



食堂車で同じテーブルとなった5回の食事と

途中駅での散歩、そして今日の島での1日。

足かけ4日間の出会いからわかれだった。



テリーとは40歳離れているが、シドニーで

仲良くなったジョードと同じ感覚でつきあえた。

言葉の壁があるから歳の壁が壊されたのかもしれない。

人生初の「シニアの友人」だ。



もう二度と会わないだろうなと帰りのフェリーで

ぼんやり思った。ここはオーストラリアで、

それぞれ母国が違う。



最後に夕暮れの港で記念に1枚撮った。

楽しい時間の反動は、若い自分はまだ経験が浅いので

コントロールが難しい。



油断すると感傷の波がおしよせてきそうだ。

僕は心の中をのぞかれまいと、沈黙を避けるように

いつもより饒舌になった。



ずっと様子が変わらず落ち着いていたテリーの目が、

わかれ際に握手をした際、わずかに潤んでいるように見えた。



パースに戻った翌日、少し南の、ヨットレースで有名な

フリーマントルという小さな街に立ち寄って1泊したあと

帰国の途についた。





この旅は、小学校の頃に芽生えた「まっすぐへの憧れ」が

徐々に大きくなって実現した。



その気持ちは「まっすぐ」だったが、旅はずっと

いきあたりばったりであちこち曲がりながら進んだ。



「世界最長直線の鉄道」以外、宿や交通機関、一切の予定を

決めずに23日をかけぬけた。



幸せな時間だった。   『まっすぐへの憧れ』(完)



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帰国後、しばらくしてテリーから手紙が届いた。




My friend Akira,




First let me say what a pleasure it was for me to meet

such a fine young person.

Your parents have every reason to be proud of you…




で始まる文を読むとテリーの明るい声が聞こえてくる。




自宅で車のボンネットに腰掛ける、カウボーイハット姿で

笑顔のテリーの写真が同封されていた。




記憶と同様、どちらも色あせることなく

今でもアルバムの1ページにおさまっている。

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