根本席亭ブログ 500人の笑顔を支える、ネット碁席亭日記 囲碁の上達方法やイベント情報など、日々の出来事を発信していきます。


「明の撮影はカメラボタンではなく動画ボタンをおしているのが

たくさんあったわよ。ピントのあわせかたもいまいちね。

でも昨日は朝早くからありがとう。お父さんもよろこんでいたわ」



母からメッセージが届いた。



僕はもとよりガラケーだ。

スマホデビューしたての母に、上から目線の絶好機を

与えてしまったのが少し悔しい。




焦点はあってなかったかもしれないけど

笑点にはあえたでしょ。



こんな返しだと座布団一枚もらえるだろうか。



昨日、後楽園ホールで『笑点』を3人で観覧した。



当選倍率50倍を勝ち抜き、当日3時間半前から並んで

ダッシュしてとったアリーナ席だったが、父をつれて

ゆっくり入場してきた母が後方でさけぶ。



「こちらの席のほうがいいわよ」



たしかにパイプ椅子で平らな前方より、

やわらかい
スタンド席前方のほうが、楽で見やすい。

おいおい、僕の3時間は何だったんだ。一瞬頭をよぎったが、

すぐ気持ちをきりかえてガラガラの後方に陣取る。



普段の放送は半分ぐらいカットされているのがわかった。

いつもより長い大喜利2本分も、笑っていたらあっという間だった。



「一生に一度は見る価値があるな」




帰り際、父らしい感想があった。



好みの焦点はあっていたようだ。




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2018/09/09

三度目も正直


9月22日に『笑点』の収録が後楽園ホールである。



2年ほど前から、毎回というわけではなく、思い出した頃に

観覧応募ハガキを10枚送っている。今回で三度目だ。



挑戦しているのには理由がある。



第一に、プレゼントのネタがなくなってきた。

毎年やってくる父の日や誕生日。弟や妹からのものとも、

自分があげた過去のものとも、かぶりを避けるのが難しくなってきた。



第二に、軽く驚かせたい。

偶然の産物は、自分の意思で買えるものとは違って、

少し違った色に見えるはずだ。



第三に、毎週見ている。

眼が悪くなっている父だが、仮によく見えなくても

馴染みのあるものであれば、音や雰囲気で楽しめるだろう。




当選したら収録2週間前までにハガキがくるという。



どうやら今回も今までと同じ結果になりそうだが、

あまり力まず出し続けていれば、いつかきっと。


2018/08/24

遅いわね


あやうく忘れるところだった。20時少し前に電話した。

まだ寝るには少し早いはずだ。



「いよいよ節目の歳に突入したね。おめでとう」



「あら、遅いわね。朝から“グーグルハングアウト”で

3人は連絡してきたわよ」



この夏、妹に手とり足とり教わって、スカイプに続く

もう一つの武器を手にした母は、ちょっと得意げに

その名を口にした。



長めのカタカナを正確に言えたのには驚いた。

先日も焼肉鉄板の新兵器「ザイグルボーイ」を数日間、

「ザイール、ザイール」と連呼していた。




3人とはアメリカに住む妹とその娘たちだ。



Hanaちゃんがね、

『おばあちゃん誕生日おめでとう。75歳に見えない、
35歳に見えるよ』

といってきたのよ。だからね、

『あら
かわいいわね。ありがとう』

と返事しておいたわ」




女性の歳を40も下に言うのは、日米通じてなかなか

お目にかかれないが、それを真に受けるのはさらに珍しい。



今度Hanaに会ったら、そういう時は10歳ぐらい下を言うもんだよと

「日本の常識」を教えておこう。
母の矯正はもう手遅れだが。



うちは昔、夏の最後が「バースデーウィーク」だった。

母の誕生日の5日後が僕でその翌日が妹、と5人家族のうち3人が

1週間に入っている。




昨年の僕の誕生日のことだ。

母から電話はあったのだが、いつものマシンガントークで

自分の近況報告と
僕の健康伺いを済ませたらそのまま電話がきれた。

軽くずっこけた。




翌日妹に指摘されて気づいたのだろう。

2日続けて電話があった。



「あらあなた、昨日誕生日だったのね。おめでとう」



そんな1年前のことを1mmも覚えていない母は、今年、

「当日」に電話した僕に第一声、「遅いわね」と言った。




来年の夏の終わりがまた楽しみだ。


2018/06/25

小さな一歩


2月から毎月開催しているセミナーが

6月から中野区後援となった。



20万部発行の区報の効果もあったようだ。

いままで10名弱だったが、今回は40代から80代まで

20名ほどが集まった。




記事を見つけた奥様に背中を押されてきた77歳の方。

区内で総合インテリアを営む60代の経営者。

シニアの紹介業に興味のある40代のキャリアコンサルタント。



懇親会で目を輝かせて未来を語るシニアの力が、近い将来、

実際に企業の力になって活きる。




小さな記事から小さな一歩が始まった。






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親父にずっと会わせたかった人がいた。



週6日スポーツクラブのプールで歩いているらしく、

足腰の心配は当面なさそうだが、初めてのところを独りでは

やはり不安だ。




一昨年、緑内障の手術をして以来、何とか踏みとどまってはいるが、

先日もうちのマンションのホールで、柱に激突して
しまった。

床と柱の色が白っぽく似ていた。




「父の日」のおかげでプレゼンターの顔ができたが、

梅雨の晴れ間に一緒に歩いたひと時は

実は自分へのプレゼントだった。




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2018/04/17

銘盤参上!


―これは預かっておいてほしいんだ。

 まぁあげることになるとは思うけど。



先日頂いた全集と一緒に我が家に到着したのは

桐の箱に入った本榧四寸盤と碁石。

40年ほど前に、Kさんが坂田栄男二十三世本因坊の奥様から

頂いたものだという逸品だ。




久しぶりに外気に触れるのだろう。

箱をあけるとふわっと榧の香りが部屋にひろがった。

木が深呼吸して喜んでいるようだ。



いま家づくりの真っ最中だが、来年2月、新居の和室で

存在感を示してくれるにちがいない。

自宅で開く小さな囲碁教室でも活躍してくれるだろう。



―ずっと、大事に預からせて頂きます。




GOBAN


2018/04/09

全巻集合!


―ちょっと悪いんだけどさ、車で取りにきてくれないかな。



今朝10時すぎに久しぶりにKさんから電話があった。



当ブログでも何度か紹介した、同じ会社の囲碁部だった79歳の方だ。

最近2,3カ月に一度、ランチに誘って頂いている。



間もなく一軒家を売ってマンションに引越すため、

かさばる本と碁盤を取りにきてほしいという。



Kさんの家に行くのは2度目だ。

車を飛ばして昼まえに到着すると、既に縁側に段ボールが2箱、

庭のなつみかんがいっぱいはいった紙袋が2袋と、

古い桐の箱にはいった碁盤と碁石が置いてあった。



―この本はね、売らないでずっと持っていてくれそうな人に渡そうと思ってたんだ。

全巻個人で持っている人はあまりいないと思うよ。



もちろん一生大事にします。ありがとうございます。



37年前発刊の『現代囲碁大系』全47巻が47歳の僕の本棚に揃った。



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2018/03/07

お茶の催促


「この前はすみませんでした。主人にこれとこれを根本さんに

出して
頂戴ね、と何度もいっておいたのですが」



87歳のシニアの御宅にうかがう頻度が最近増えている。

先月は9回訪問した。




奥様が外出のときは、事前に冷蔵庫にお菓子を用意してくださっている。

それをご主人はしばしば忘れるのだ。



奥様は笑って言う。



「こんど私がいないときは、『なにか出すのをわすれていませんか』

と主人にちゃんと言ってくださいね」




お宅に伺うようになってからもうすぐ10年がたつ。

まだ「お茶の催促」ができる域には達していない。



だが近いところまではきているかもしれない。



プロフィール欄に、選挙に出て落選したことが書いてある人がいた。



くすっと笑ったが、これはわかる。

選挙に出ること自体がアピールになる。



だがふつう、履歴書に、「〇〇大学受験失敗」とか

「事業で失敗して〇億損失」と書く人はいない。

挫折は職歴にはあらわれない。




現役時代の華やかな職歴を武器に、企業の顧問につくシニアがいる。

だが定着することは少ないそうだ。職歴至上主義の弊害だ。



大企業出身者が中小企業の顧問となる場合、

舞台の大きさも文化もことなる仕事場で輝けるかどうかは、

知識や華々しい実績よりも、人間力が決め手になる。



いままでいかに挫折を経験して、それを自分の力で乗り越えてきたか。



いま、社会でシニアに求められているのはそんな力や経験なのだろう。



「キャリアよりもキャラ」



そんな視点で選べる場を創りたい。



今日は東京商工会議所(東商)の中野支部を訪問した。



これから1年間、毎月開催するセミナー

『シニアを活かす目のつけどころ』の後援をお願いした。



担当者と話をしながら、ふと思い出した。



今から15年ほど前、僕は大阪商工会議所(大商)

毎週のように出向いていた。




大商は当時、全国の商工会議所に先駆けて最大規模の

ビジネスモールをネット上に
持っていた。



僕の会社は、商流をネットに乗せる数少ない実例として

紙のネット取引市場を運営していたので、
大商と提携して近畿圏をまわった。

最初の1年は出張が30回を越えた。



新しいことをするときは自分ひとりでやろうとせず、

できるだけ動きまわり、
広く仲間を募る。



15年前は「商流をネット上に」で大商からだったが、

今回は「シニアの力を社会に」で東商中野支部から始まる。



よみがえる記憶が、いま、自分をワクワクさせている。


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