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2022/08/12

目のつけどころの鍛え方(13-16完)


(13)

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自分の興味の「外」を案内してくれる人といえば、

僕は囲碁仲間が思い浮かぶ。皆さんはどうだろうか。



趣味の世界は、上司部下といった「縦」、同僚友人といった「横」

の関係からはなれた「斜め」の関係ができやすい。



家庭でも職場でもない居場所をサードプレイスというが、

この斜めの関係の人はサードパーソンだ。

誰にもすぐ4,5人は思いうかぶだろう。



斜めの関係は、細く長く続きやすい。世代を越えることも

かんたんなので意識して大事にするといい。

目のつけどころが鍛えられる。



僕のサードパーソンの1人を紹介しよう。



驚くほどの軽さと美しさを追求したバッグを売るヨネちゃんは、

二回りほど年上の囲碁仲間として15年の付き合いだ。



パソコンの家庭教師事業を一緒に立ち上げて

ビジネスパートナーだったこともある。

僕のサイト「石音」のメンバーでもある。



自分らしさは自分でつくろう。



100万通りの組み合わせができるバッグを通して

シンプルなメッセージを発信し続けるヨネちゃんは、

僕の目のつけどころの師匠だ。



つれへのプレゼントでヨネちゃんのバッグを購入したのを機に、

バッグづくりへの、狂気ともよべるこだわり、あふれる想いを

直接伺う機会が増えた。



興味の「外」の分野で上質のシャワーを浴びることは、

極上の幸運だ。



モノづくりは情熱と時間の関数なんだよ。



と話すヨネちゃんの笑顔が忘れられない。 「記:根本」



*ヨネちゃん https://upla.jp/about





(14)

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今年の年末年始は、ちょっと「特別」だった。

何が特別かというと、いつもよりすこし「普通」だった。



もっとも「ハレ」の時である正月が、

めずらしく「ケ」にちかよった。



僕の側の家族で集まることもなければ、

どこかに旅行に行くこともなかった。



思えば年末年始に両親が家にいないのもはじめてだ。

グアムクルーズに旅立つ両親を横浜桟橋で見送った。

弟家族もサンディエゴの妹の家に行っていた。



ありふれた毎日の生活を大事にして、

それに愛着を持とう。



生活の価値を「ハレ」に求めるのではなく、

「ケ」の充実に求める人生観。



いつもより普通な正月に教わった。





(15)

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目のつけどころを鍛えるには、たくさん目をつけるといい

と話をしてきた。



「目をつける」のは、自分の常識と非常識の間にある分野だ。

そこを案内してくれる人や本の大事さにもふれた。



しかし実は、「たくさん目をつける」だけでは不十分だ。

興味を全方向に「発散」して目をつけるだけではたりない。



あとなにが必要か。



発散のあとの「収束」だ。



目をつけたことを、いま一番興味のある分野に収束する。



発散→収束→発散、の繰り返しが、目のつけどころを鍛える。



少し前の話をしよう。

寿司屋のカウンターで大将がこんなことを言っていた。



―今日のフグはうまいよー。5日寝かしたからね。



ん?鮮度が命の寿司屋で、寝かした日数自慢?

しめさばじゃあるまいし…。



僕の疑問を察してか、大将は笑いながら続けた。



―鮮度が抜けると、質が残るんだよ。

   だからうちではフグはすぐに出さないの。



なるほど、そうか。

魚が持つ「質」を出しきるために

わざと鮮度を落とすのか。



食のプロではない僕がここに目をつけるのは「発散」だ。

その時は「収束」に向かうこともできた。



今一番興味のあるキーワードは「シニア」だ。



三年前に出したエッセイ『目のつけどころはシニアに学べ』

では、シニアじゃない位置からシニアをポジティブに語った。



寿司屋のカウンターで大将のことばを聞いたとき、

あるシニア友人の顔がうかんだ。



まったくもって失礼ながら、多少鮮度は落ちているものの、

その分、質の輝きが増している方だった。





(16)

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考えてみると、「目のつけどころの鍛え方」は

「眼の鍛え方」に似ている。



近くばかりを見ていると眼は悪くなる。

遠くを見たり近くを見たりして、網膜にピントを

あわせる筋肉を鍛えるのが眼にいいらしい。



自分の興味のあることだけに閉じこもらず、

積極的に意識を広げたあと、得たものを

一番関心のあることに集めていく。



「興味の発散と収束」を繰り返すことで、

目のつけどころがだんだん良くなる。



本格AI時代の幕開けとともに、

目のつけどころの重要性は日々増している。



何を知っているか、より、どこに目をつけるか、

が問われる時代が始まった。



ひとあじ違うオリジナルな、そして面白い人生を

送るには、目のつけどころが勝負なのだ。(完)


 

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